狼獣人の優しい溺愛 後半
そして、ガムラさんと約束した日がやってきた。僕は一人で待ち合わせ場所である駅に向かう。社宅から一緒に行けばいいのではないかと思ったが、なぜか駅を指定されたのだ。もしかしたら僕といるところを見られたくないのかもと思い、少しショックを受けたが、気を取り直して支度をする。誰かと外で待ち合わせをするのは初めてのことで、いつもより念入りに身支度をして、僕は水色のシャツに白いパンツを履いた。
待ち合わせ時間である午後一時の十分前に駅に着いた。待ち合わせ場所には既にガムラさんが着いていた。今日のガムラさんはダークグレーのシャツに黒色のパンツを合わせている。銀色の毛皮と相まって、シンプルな装いがとても似合っている。僕が近づいていくと、ガムラさんは目元を和らげて笑みを浮かべてくれる。その様子に僕は胸が締め付けられる。待ってくれている人がいることは何て幸せなことなのだろう。
「……すみません。お待たせしました」
「待っていない」
「ふふ」
そして、僕達は歩き出す。ガムラさんは僕が転ばないようにゆっくりと歩いてくれる。まるで本当の恋人同士のようだと錯覚してしまう。
歩いて十分程度した後に、ガムラさんが案内してくれたのはアクアリクムブックカフェというところだった。アクアリウムブックカフェは最近流行り始めている、魚を見ながら本を読めるカフェだ。店内には熱帯魚の水槽が設置されていて、まるで海の中にいるような気分になれるらしい。僕の趣味が読書だと知って選んでくれたのだと感じて、くすぐったい。古い洋館のような蔦が絡まった外装の建物がそのカフェのようだ。この中にアクアリウムがあるようには思えない。
「わぁ……」
店に入ると、天井から吊り下げられた巨大な水槽がまず目に入った。建物は天窓になっており、日光に照らされながら泳ぐ魚達が見える。青くライトアップされた室内には、大小様々な種類の魚が泳ぎ回っていて、幻想的な雰囲気を作り出している。そして、水槽と水槽の隙間に本棚が設置されていて、そこから自由に本を選ぶようだった。僕が思わず感嘆の声を上げると、ガムラさんは満足げに微笑む。
「気に入ったか」
「はい……とっても綺麗ですね」
僕が興奮気味に答えると、ガムラさんは優しく僕の髪を撫でた。それから、僕達は席に着いてドリンクを注文した。席はソファのように横に長いもので、他の席との間には衝立があり、自由にくつろげる仕様になっている。目の前に広がる青い世界に心を奪われながら、他愛のない会話を交わす。いくつか本を選び、それぞれ集中し始めた。沈黙でも心地よいのが不思議だ。
「……これから行きたいところがあるんだが、いいか」
「?はい。もちろんです」
本を読んでいたら、ガムラさんからそう言われて頷く。そうして数時間カフェで本を読み、外へ出ると、外は日が傾き始めていた。夏特有の暑さに包まれつつ、どこへ向かうのかと思っていると、ガムラさんはタクシーを呼んだ。そのタクシーに乗り込み、ガムラさんが運転手に告げた住所は都心の一等地で、カフェから十五分ほどで着いた。タクシーから降り立った場所には高層マンションがあった。僕が頭からはてなマークを飛ばしているのが分かったのか、ガムラさんは苦笑して教えてくれた。
「ここは俺が住んでいるマンションだ。業者から改装が終わったと連絡があったからまた住める」
「え……」
そういえば、ガムラさんが社宅に住んでいる理由は元々住んでいたマンションが改装工事をしているからだと言っていた。
「このマンションのキッチンは大きいから、また何か二人で作って食べようと思ってな。別々に社宅を出たのも、材料を買って冷蔵庫に入れて来たからだ。メニューはハンバーグでどうだ」
戸惑う僕をよそに、ガムラさんは僕の背に手を当てて、高層マンションのエントランスに入っていく。ガムラさんは暗証番号を押してから、セキュリティキーを掲げるとメインエントランスの扉が開き、中に入るよう促される。エレベーターに乗って最上階へ上がり、部屋の前まで来ると、ガムラさんが鍵を差し込んだ。
「入ってくれ」
「はい……お邪魔します」
そこは広々としたリビングがあり、あまり生活感を感じさせない空間だが、玄関に置かれた靴やリビングに置いてあるソファからは、ガムラさんの匂いがする。僕は緊張しながら靴を脱いで、部屋に上がる。ガムラさんの後に続いて廊下を歩き、ダイニングへと足を踏み入れる。
「……すごい」
そこには大きなアイランド型のシステムキッチンがあって、カウンターテーブルもある。リビングには大きな窓で囲まれており、今はカーテンが開けられているので、目下には周囲のビルや家々の輝きが見える。
「これなら僕が包丁を振り回しても一緒に料理できますね」
「振り回すな。危ないからやめてくれ」
「ふ、あはは」
僕が笑うと、ガムラさんは僕の頭を撫でた。それから、僕にエプロンを渡して、着るように言う。僕がエプロンを着けると、ガムラさんは冷蔵庫から食材を取り出し始めた。僕は何をすれば良いのか分からずオロオロしていると、ガムラさんは玉ねぎを手渡してきた。玉ねぎの皮は剥いたことがなく、じゃがいもと同じように剥けばいいのかなと考えていると、横から手が伸びてきて、包丁を持つ手を掴まれた。
「危ないだろう。玉ねぎの皮は手で剥ける」
僕が肩を落とすと、ガムラさんは小さく息をつく。それから、玉ねぎの皮を丁寧に剥いて、まな板の上に置く。そして、それをみじん切りにする。その手際の良さを僕がじっと見つめていると、ガムラさんは僕の方を向かずに口を開いた。
「次は卵を割ってくれ」
「は、はい」
そうして、ガムラさんに言われるがまま下拵えをすると、あっという間に俵型のハンバーグの種が出来た。ガムラさんはフライパンに置いて熱していくと、お肉が焼けるいい匂いがしてきた。
「もうすぐ出来るぞ」
「楽しみです」
「そうだな」
ガムラさんはそう言って、また僕の頭を撫でる。そして、フライパンからハンバーグを取り出して皿に盛り付けた。ガムラさんがいつの間にか作ってくれていた付け合わせの野菜と一緒にテーブルまで運ぶと、二人で向かい合って席に着く。
「いただきます」
「どうぞ」
湯気が立ち、肉汁がたっぷり詰まったハンバーグはお店で出てくるものと遜色なく美味しかった。僕が一口食べる様子をガムラさんは優しい眼差しで見守っている。
「!ガ、ガムラさん、とってもおいしいです」
「そうか。良かった」
僕は手伝っただけとはいえ、お店で出てくるハンバーグのように肉汁が滲み出てとても美味しい。ガムラさんは僕の言葉を聞いて安心したように微笑んでくれる。
「そういえば、ヒビキは慰安会には行くのか」
ガムラさんは、ハンバーグを食べながら、明後日に開催される慰安会について尋ねてきた。慰安会は、この慰安会は省全体の親睦を深めるため、全員で近場の温泉旅館に行き、飲み会をして帰ってくるというものだ。
慰安会は例年この時期に実施されるのだが、ウルフワム打倒連合会の活動が活発になっている中、さすがに今年は見送った方が良いのではないかという意見もあったらしい。けれど、幹部陣は、今の時期に日本人と狼獣人が集まって飲み会をすることに意味があると考え、今年も開催することになったのだ。
「あ、はい。行くだけ行こうと思っています」
慰安会の開催場所は、共同防衛省から電車で一時間ほどの場所にある風光明媚な旅館だ。毎年、この慰安会のために共同防衛省が丸一日貸切にしている。各々の仕事が終わり次第、電車に乗って向かうことになっている。絶対に参加したくない人は、終電まで残業して"泣く泣く"行けなくなったと言って休むのが通例だ。昨年のアカツキはそうやって欠席していた。僕はそこまでの度胸はなく、気が進まないながらも電車に揺られて行ったのだが、昨年の経理部の課長が「早く寝ろ」と言ってくれたので、旅館に着いて早々に自分の部屋に行って寝た記憶がある。今年も休む勇気はなく、行くだけ行って早めに自分の部屋へ行ってしまおうと思う。
「そうか……」
そう答えると、ガムラさんは少しだけ考え込んでしまい、僕は答えを間違ってしまったかと不安になった。
そうやってハンバーグを食べていると、ガムラさんがちらりと壁にかけてある時計に目をやるのが見えた。何かあるのだろうかと不思議に思っていると突然、僕の横顔をカラフルな灯りが照らした。何かと思い、窓の外を見ると、大輪の花火が見えた。最上階なので、満面の花火が何にも遮られることなく僕の目に入り込んでくる。ガムラさんはさりげなく部屋の灯りを落としてくれた。そういえば、今日は和平記念日だ。和平記念日とは、ウルフワムと日本が和平条約を結んだことを祝うものとして設けられた日だ。和平記念日のセレモニーでは大きな花火が打ち上げられる。今見ているものがそうだろう。そして、その花火を恋人と見ると幸せになるという都市伝説がある。
「わあ……きれい」
思わず声を出して感嘆すると、ガムラさんが嬉しそうに僕を見つめる。
「……俺もベタだな」
「え……」
「最近、元気がなかっただろう。花火を見て、気分が良くなればと思ってな」
ガムラさんは和平記念日の花火にまつわる都市伝説は知らないのだろう。僕が一緒にいてほしいと懇願し、誰よりも責任感のある彼は僕を見捨てることができないだけだ。そう思うと、喉から手が出るほど欲しいものがそこにあるのに、僕にはそれを手に取ることが許されないような気がすると、鼓動は急激に冷えていった。僕の様子を見て、ガムラさんは思わずと言った様子で僕に問いかけた。
「ヒビキはなぜ、そんな顔をする」
「え?」
突然の質問に驚いて、ガムラさんの方を向いた。ガムラさんは僕の答えを待っているようでじっとこちらを見つめている。
「ヒビキが初めて俺の部屋に来た時、寂しいと言っただろう。俺は最初、タマルが原因だと思っていた。だが、ヒビキを見ていて、それだけではないと思った。お前はずっと寂しそうな顔をしている。何がお前にそんな顔をさせるのかが知りたいんだ」
「……っ!」
ガムラさんが僕に向き合ってくれていることが分かる。その気持ちに応えることはとても自然なように思えて、僕は出自を打ち明ける。
「……僕には家族がいないんです。赤ん坊の時、親に捨てられて、それ以来ずっと施設で暮らして来ました」
「……そうだったのか」
ウルフワムの常識からすると、親が子供を捨てるなんてありえないことだ。だからこそ、僕が施設にいた頃、嫌というほど浴びた奇異なものを見る視線を避けるため、僕は今まで誰にもこの話をしたことはなかった。けれど、今は不思議と恐怖はなかった。むしろ、ガムラさんに打ち明けてしまいたかったのかもしれない。
「僕は親に捨てられて、そのことが原因で周りの人から疎まれることもありました。時々、どうして自分はこんな目に遭わなければならないのだろうと悲観的に考えてしまうこともあります。僕は生まれてこなければ良かったのではないかって。そんなことを思う自分がそもそも嫌いなのに、どうしようも出来なくて。きっと、そんな感情が顔に出てしまっていたんだと思います」
「それは……辛かったな」
ガムラさんはただ僕の話を聞いてくれた。その上で寄り添ってくれようとする姿勢が嬉しかった。だから、僕はぽろりと心の底から望んでいることを溢してしまった。
「僕も……いつかは誰かに必要とされて、幸せになりたいです」
「……」
「……変なこと言ってすみません。忘れてください」
それは間違いなく僕の本心だったが、そんなことを言われてもガムラさんも困惑するだけだろうと思い、慌てて取り消したが、ガムラさんは真剣な表情を浮かべたまま口を開いた。
「俺は」
「?」
「ヒビキの力になりたい。初めて会ってから、嘘偽りなくそう思っている」
「え……」
「ヒビキが望むことは、俺が全て叶えてやりたい」
ガムラさんは部下思いだ。そのことは初めて会った時から知っている。今の言葉も部下を思う気持ちで言ってくれている。分かっていてもその気持ちだけで嬉しい。そんなことを言ってくれる人はいなかったから。
そう思った瞬間、僕の心のどこかがカチリと埋まり、僕はガムラさんのことが好きだという気持ちが湧き上がっていた。その気持ちはきっと、ずっと前から僕の中に芽吹いていたのだと思うけれど、心のどこかが欠けたままでは実ることはなかっただろう。
「ガムラさんにそう言ってもらえてとても嬉しいです……」
気づいたと同時に確定した失恋に、思わず涙が出てきてしまい、僕は嬉しいのと悲しいのが混ざり合ったまま、泣きながら笑った。ガムラさんは僕の目尻に浮かんだ雫を指で拭うと、僕の手を優しく握った。
僕は最後にどうしても叶えたいことが出てきてしまって、震える手でガムラさんの手を握り返して希う。
「あの、アカツキはもうすぐ戻ってるみたいです」
僕の口からすらすらとありもしないことが出てくる。ただ、僕の言葉を聞いた瞬間、ガムラさんは何かが気に食わないかのように、少しだけ眉間に皺を寄せた。僕は湧き上がる思いのまま、自分の浅ましい願いを打ち明ける。
「だから、最後に、僕に思い出をくれませんか……」
その言葉にガムラさんは驚いたように目を見開いた。
「一度だけで、いいんです」
「っ!……ヒビキ、何を言っているか分かっているのか」
ガムラさんは焦ったように僕に向けて問い返す。彼の言う通り、僕の言葉は普通なら受け入れられるものではないだろう。だけど、もう止まらなかった。
「分かっています。でも……」
ガムラさんは僕の言葉を遮るように声を荒らげた。そうして、少し気まずそうに目を逸らしながら口を開く。
「だが……」
確かに部下としか思っていない人に迫られても困るだけだろう。僕はガムラさんの足の間に座り、彼のズボンのファスナーぬ手をかけた。初めての経験で手が微かに震えてある。
「ガムラさんは目を瞑っていてください。僕が全部します、から」
僕がそういうと、ガムラさんはグルルと喉を鳴らして、観念したように僕の腕を引いた。そのままベッドルームに連れていかれると、ガムラさんはベッドの上で、そっと僕の身体を押し倒した。
「俺は美味しそうな獲物を目の前にして耐えられるほど大人ではない」
ガムラさんはそう言って、僕の頭の横に手をついて僕を見下ろす。僕は手を伸ばして、その背中にしがみつきながら言う。
「……ガムラさん」
「ヒビキ……」
ガムラさんが僕の名前を呼ぶ。その声があまりにも優しくて、胸が苦しくなる。ガムラさんは僕の手を背中から外させて、ゆっくり僕の服を脱がせていく。恥ずかしくて、顔を背けようとすると、ガムラさんが僕の顎を掴んで正面を向かせた。そして、そのままキスをした。以前とは違い、性急に舌が入り込んでくる。僕の舌と絡めるように、深く舌を入れられると、僕はガムラさんに食べられてしまうような気になる。
僕が甘い唾液を飲み込むと、ガムラさんは口を離して、僕の上着を剥ぐ。それから、自分のシャツも脱いで上半身裸になった。ガムラさんは僕に覆い被さると、また深い口付けをする。彼の舌に自分の舌を絡める。口の中の敏感なところを舌で撫でられると、身体がびくりと跳ねてしまう。互いの唾液を交換し合うような激しいそれに頭がくらくらしてくる。息継ぎの合間にガムラさんは唇を離すと、僕に囁いた。
「可愛いな。ずっとこうしたいと思っていた」
僕は言われたことを思考することもできずに、ガムラさんの愛撫に溺れている。そうしていると、ガムラさんは僕の乳首をピチャリと舐めた。初めての感覚に、僕は戸惑う。
「あっ、んっ……」
「……震えているな」
ふるふると立ち上がる乳首を見て、ガムラさんは指で摘み、捏ねるように動かす。
「んっ、や、そこ」
僕は思わず声を出してしまった。ガムラさんはもう片方の胸に吸い付いて、片方の手で反対の乳首を摘まむ。両方の刺激に耐えられずに身を捩っていると、ガムラさんの手が下肢に触れた。恥ずかしくてたまらないが、ガムラさんにされることなら全て気持ちよくなってしまうのかもしれないと沸いた頭で思う。
「ひゃ、あん!」
「可愛い……」
ガムラさんはそう呟いて、ズボンの中に手を侵入させる。
「やっ!そこはっ……」
「全て見せてくれ」
ガムラさんはそう言って、僕のパンツをずり下ろして取り去った。外気に晒されて、ひんやりとした感触に身震いしそうになる。
「綺麗だ」
ガムラさんはそう言って、僕の性器を口に含んだ。生温かい口内に迎え入れられて、僕は堪らず喘いだ。
「あ、あああっ!!」
ガムラさんは激しく上下に動き始める。信じられない光景が目の前に広がり、ガムラさんの肩を手で押すがびくともしない。じゅぷじゅぷという水音が部屋に響き渡るのが嫌で耳を塞ごうとすると、ガムラさんはその手を掴んだ。
「駄目だ。もっと聞かせてくれ」
ガムラさんはそう言うと、更に強く吸ってきた。
「ん、ああっ!だめ!……っ!」
温かな口の中と時折当たる硬い犬歯が気持ち良くて、僕はすぐに果てそうになる。その様子を見て、ガムラさんは僕から口を離す。
「あ……」
「もう少し我慢できるな?」
思わず名残惜しそうな声を出してしまい、僕は恥ずかしくて真っ赤になっていると思う。そんな僕を見て、ガムラさんは目を細め、僕の後孔に指を這わした。
「あ……ん……」
経験のない感覚に背筋が粟立つ。つぷりと指先が中に入ってきて、僕は異物感に眉を寄せるとガムラさんはすぐに指を引き抜いた。
「そうだな……」
「え……?あ、やぁっ!そこ、やっ」
ガムラさんは独り言のように何かを言うと、突然僕の足を上げて押し倒したかと思うと、秘部に顔を埋めて、僕の後孔を舐め始めた。まさかそんなところを舐められるとは思っておらず、羞恥心から涙が溢れてくる。
「大丈夫だから。力を抜け」
「うー……」
恥ずかしくて死にそうだったが、ガムラさんがそう言うならと僕は身体の力を抜いて、与えられる快楽に意識を向けた。ぐにぐにと動くしたが僕の秘所を溶かすように突く。
「んっああっ、や……!」
そうして僕が夢中で感じ入っていると、ガムラさんは顔を離して、指が再び僕の中へと押し入ってくる。先程よりもスムーズに入ったそれは、ゆっくりと動かされる。最初は異物感しかなかったけれど、次第に慣れてきたのか、それとも僕がその先を期待しているせいなのか、だんだんと快感を覚え始めた。
「あ、ああっ……!えっ?そこっ、っ!だめっ」
「ここか」
そして、ガムラかんが指を曲げた瞬間、感じたことのない快感に僕は一瞬目の前が白くなる。ガムラさんは、何も言わずにその敏感な箇所を確かめるようになぞり、僕の身体を拓いていった。
そして、僕の息が上がり、身体の中の敏感な箇所が熱く脈打つくらいになって、ガムラさんは自身のベルトを緩めて前を開けた。出てきたものは大きく膨れ上がっており、その熱く腫れた一物を僕の後孔にあてがった。
「挿れるぞ。力を抜け」
「はい……」
いつも優しいガムラさんが少し強引に僕の腰を掴み、ぐっと力を入れて僕の中に入ってきた。
「あ、あああっ……!!!」
「……っく」
想像以上の質量に、僕は息が出来なくなる。
「ヒビキ、ゆっくり呼吸しろ」
ガムラさんは苦しそうに顔を歪めながら、腰を動かす。僕は痛みと圧迫感を感じながらも、ガムラさんを受け入れた。
「いい子だ」
ガムラさんはそう言って、僕の頭を撫でた。僕はガムラさんと一つになれたことが嬉しくて、彼にしがみつくと、僕を甘やかすようにキスをしてくれた。しばらくそのままでいると、僕の身体も少しだけ馴染んできて、ガムラさんはゆっくりと律動を始める。
「あっんっ、あっ、あっ!」
ガムラさんは指で確かめるように突いていた敏感な箇所を太い剛直で押しつぶす。それが強力な快感となり、僕はガムラさんの背中にしがみついた。ガムラさんの抽挿が激しくなるにつれて、僕の口から漏れる声も大きくなっていく。
僕ガムラさんは僕の反応から、そこを叩きつけるように腰を突き入れる。
「あっ!あああっ!!だ、だめっイっちゃう!」
僕がそう叫ぶと、ガムラさんは僕の一番感じるところを執拗に責め立てながら、僕の奥へと突き入れる。
「いいぞ。俺も一緒に……」
ガムラさんはそう言うと、一層激しく僕を揺さぶった。
「あっ!イクッ!あ、や、あああー!!!」
「くっ……」
僕が絶頂を迎えたのとほぼ同時に、ガムラさんもまた僕の中で達した。射精は長く続いて、温かいもので腹が満たされていく。ガムラさんは荒い息のまま、僕の頬を優しく撫でてくれた。僕達は何も言わずにお互いを見つめてどちらともなく唇を合わせた。そうしているうちに、また身体の奥底に火がついたような感覚を覚える。
「んっ……ふっ……」
「まだ足りないか?」
ガムラさんはそう言って、僕の中に入っているものをゆるゆると動かし始める。
「はいっ……ガムラさん、もっと……」
そう言って自分から腰を揺らすと、ガムラさんの瞳孔は更に小さくなった。それから、僕は何度もガムラさんに抱かれて、満たされた気持ちで眠りについた。
*
ガムラさんと身体を重ねた夜、僕が疲れて眠っていると、ガムラさんの仕事用の携帯から大きな警報のような音がなった。ガムラさんはすぐさま携帯を手に取ると、険しい顔をして服を着始めた。緊急事態が発生し、ドルーガー副指揮官から呼び出しがあったようだ。不安げにしている僕の頭を撫でて、「悪い。すぐに戻ってくるから、このまま寝ていてくれ。後で風呂に入ろう」と僕に言い残し、部屋から出て行った。僕はその後ろ姿を見送った後、思い出作りのために抱いてくれたガムラさんに感謝しながら、ふらついた足で自分の社宅に戻った。そのまま夜まで足腰が立たず、部屋に篭っていた。
そして、意を決して、ガムラさんにメールを送ることにした。内容は、今までの御礼と「我儘に付き合わせてしまって申し訳ないけれど、これまでの関係を解消したい」というものだ。
僕は自分の気持ちに気づいてしまった。そして、僕の罪も重くのしかかる。僕はアカツキに言われて、ガムラさんを騙すために近づいたのだ。そんな僕が、彼のそばに居続けることはできない。
そのメールを送ってからすぐ、携帯の電源はオフにした。ガムラさんからの返信を見てしまえば、どんな内容であれ、僕はみっともなくあの熱をもう一度ねだってしまいそうだと思ったからだ。
そして、月曜日の朝に出勤する時、ガムラさんが住んでいた隣の部屋を見ると、また空室になっていた。ガムラさんはあの高層マンションの改装が終わったので、社宅から出て行ったのだろう。タイミングとしては丁度良かったのかもしれない。
僕はきっと、あの夜のことを死ぬまで忘れない。ただ、ガムラさんは僕が縋ったから抱いてくれただけだ。これ以上、彼を煩わせたくないと思う。
アカツキには僕から謝って、そんなスパイのようなことはできないと言おう。それで見限られたらしょうがない。そう決めたら、これまで続いていた頭痛がすっかり無くなった。
しかし、僕の体調に反して、出勤すると共同防衛省内は騒然としていた。その理由は、ウルフワム打倒連合軍から、「殺傷能力が高い小型爆弾の開発に成功した」という声明が届いたからだ。それを用いて、テロを起こされでもしたら、大量の被害者が出るはずだ。共同防衛省ではすぐさま緊急会議が開かれ、ウルフワム打倒連合軍の拠点を探し、メンバーを一斉確保することになったようだ。そして、その一斉確保のため、まず初めに、拠点の場所を捜索することになったようだ。そういう事件もあり、共同防衛省の内部では、ますます人間と狼獣人で分裂するような雰囲気が漂っていた。
それでも、すでに予約をしてしまった慰安会をキャンセルには出来ないようで、ピリピリとした雰囲気のまま、慰安会が始まることになった。
※
「みんなグラス持ったか?」
「はい」
「よし!じゃあ、乾杯!」
「かんぱい!」
それでも会場に着くと、既に到着していた職員達が宴会を始めていた。会場は大きな畳張りの宴会場で、ずらりと席が並べられている。その席の一つに座って、好きに食べたり飲んだりしていいようだ。昔の名残で会場の奥には舞台のような雛壇がある。会場をさっと見渡すが、ガムラさんはまだ来ていないようだ。もしかしたら、僕の勝手な行動に呆れ果てて、慰安会には来ないかもしれない。残念なのかほっとしたのか複雑な感情が心の中に渦巻いている。
会場ではそれぞれの職員が好きにお酒を飲み、懐石料理を食べて、楽しんでいるようだ。しかし、どことなく狼獣人と日本人で二分されているように思う。皆楽しげにしているのに、目が疑わしげだ。こんな状況で飲み会なんてすべきだったのだろうかと思う。そうして入り口に佇んでいると、今年経理部に入ったヤマカワ君がこちらへやって来た。仕事で関わることはないが、一応後輩ということになる。
「ホンマさん……」
「ど、どうしたの?」
そのヤマカワ君が泣きそうになりながら、僕に話しかけてきた。
「幹部への挨拶、一緒に来てもらえませんか。一年目はしなきゃいけないみたいなんですけど、狼獣人の部長とか今は正直怖いっす……」
「あ、そうだね。いいよ。一緒に行こう」
狼獣人は序列を重んじるので、若手から挨拶に行がなければならない。そして、この慰安会では新入職員が幹部達に挨拶して周ることになっている。けれど、こんなぎすぎすした雰囲気の中、日本人であるヤマカワ君が、狼獣人の幹部達に一人で挨拶に向かうのは酷だろう。僕も一年目の時には経理部の先輩に連れて行ってもらったし、このままではヤマカワ君が可哀想だと思い、了承する。
そうして、ビール瓶を片手に、ヤマカワ君と一緒に狼獣人の幹部達の元へ挨拶に向かう。狼獣人の幹部達は既に酔っているようだった。けれど、日本人の僕達が近づくと、少しだけ雰囲気を固くした。
「ハードナー陸上軍曹。彼は経理部の新入社員のヤマカワです。ご挨拶させて下さい」
僕は、ハードナー陸上軍曹という大きな立髪と頬に刀傷を負った狼獣人に話しかけた。ハードナー陸上軍曹は僕の匂いを少し嗅いで訝しげな顔をした後に、ニヤリと笑いながら、ある服を投げて渡してきた。
「ホンマ、いいところに来たな。盛り上げるために、これ着てくれないか」
「え……」
「なんだ、何か不満なのか。日本人はそんな格好するのは嫌か」
「……いえ。分かりました」
ハードナー陸上軍曹が渡してきたのは予想外の衣装だったが、断ればこの場の雰囲気が悪くなるのは明白だった。僕は諦めて、その衣装を受け取ると、宴席の端の方に行って着替えることにした。
ヤマカワ君が申し訳なさそうにしていたので、「気にしないで。これが終わったらまた一緒に挨拶に行こう」とフォローをして、日本人がいる席で待つように言った。そして、僕はその衣装を着て、舞台裏にいる。腹と脚がスースーして心許ない。
「えー、では、かわいい狼獣人の登場です」
日本人の職員である司会が戸惑いながらアナウンスをする。僕が今着ているのは、狼の耳とお臍が出るほど短い狼の毛皮を模したベスト、そして同じく毛皮のようなショートパンツだ。ショートパンツの後ろにはふさふさとした尻尾まで着いている。ハードナー陸上軍曹は、この衣装を日本人である自分が身につけさせることが目的なのかもしれない。日本人である僕を辱めたいのだろう。
司会の狼獣人に手を引っ張られて舞台に上がると、どことなく沸き立つ狼獣人と苦々しげにしている日本人が見えた。自分だけ我慢すればこの場が丸く収まるならと震える足を踏ん張って立つ。けれど、恥ずかしさと心許なさで目に薄ら涙が浮かぶ。
「可愛い……」
そんな僕を見て、誰かがそう呟いた瞬間、ガラリと会場入り口の障子が開いた。そこには、肩で息をするガムラさんがいて、僕と目が合った。いつもの黒い隊服を着ているところを見ると、今来たばかりなのかもしれない。ガムラさんは僕が雛壇上に立っているのを見た瞬間、目を大きく見開き、咆哮した。
「全員、敬礼!!一旦、静止!」
その怒号に、宴会場にいた狼獣人達は全員立ち上がり、ガムラさんに敬礼をする。その一糸乱れぬ様は、さすが酒に酔っていても共同防衛省の職員だと感じる。敬礼に慣れていない日本人はわたわたとしながら立ち上がり敬礼をしている。
「そのまま副指揮官の指示を待て!!」
そして、ガムラさんは呆けている僕の元へ走って来て、僕を隠すように抱き上げた。数日ぶりの分厚くて暖かな胸に抱きしめられて、僕の鼓動は大きく高鳴る。
そのままガムラさんに抱き上げられて向かったのは旅館の一室だ。角部屋で、仄暗い明るさの照明が着いており、部屋の真ん中には大きな布団がひいてある。
ガムラさんは僕をその布団に降ろして座らせると、僕の肩を押さえながら、見下ろして来た。
「ヒビキ、その格好はなんだ」
威嚇するように鼻の部分に皺がより、とても不快なのだと分かる。人間の僕が狼獣人の真似をしているなんて、気持ち悪いし不愉快なのだろう。
「す、すみません。似合わないですよね。盛り上がるからと言われて……」
「……」
初めて見るガムラさんの怒っている顔に怖くなり、ズボンの後ろについている大きな尻尾を前に持って来て抱きしめる。その様子を見て、ガムラさんの喉の奥からグゥッという音がした。
「……他の雄を誘惑して、俺の匂いを消したいのか」
「え……?」
そう言うと、ガムラさんは僕の服の中に手を入れて、僕を布団に押し倒す。肌に直接触れられた感覚に、僕は慌ててしまう。
「えっ…!っひゃ」
そのままガムラさんは顔を近づけて、僕の首筋に鼻を埋める。そのまま舌を這わされて、ゾクゾクとした何かが背中を走る。この前の夜とは違って、僕を捕食し尽くそうとする勢いのガムラさんに恐怖を感じてしまう
「あっ……んぅっ……」
首筋をぺろりと舐められたと思ったら、次はがぶりと噛まれてしまった。痛いはずなのに、甘い痺れにも似た痛みが身体中を走り抜ける。
「やぁ……んっ……」
「……手に入りそうなんだ。俺はお前を逃すつもりはない。ようやく」
ガムラさんが何を言っているのかは分からないが、そう言って首につけられたのは、質の良い黒革の細い首輪だった。ウルフワムの人々はパートナーに首輪を贈ると聞いており、一瞬浅ましい喜びが湧き上がるが、直ぐにその思い違いを打ち消す。この首輪はそういう意味で付けられたものではなく、中途半端なことをして逃げた僕に対する罰だろう。けれど、首輪をつけられると、ガムラさんの所有物になったような不思議な高揚感が生まれる。
「これから俺の匂いが付くまで抱く。……これは仕置きだ」
「えっ……?」
ガムラさんの言葉の意味を理解する前に、また唇を奪われていた。
「んぅ……むぅ……」
口内に入り込んで来た舌が歯列をなぞり、上顎を擦る。再び与えられたそれが気持ち良くて、自然と腰が浮いてしまいそうになる。
「ふぁ……んっ……」
息継ぎをする暇もなく続けられるキスに苦しくなった頃、ようやく解放された。
「ぷはっ……はぁ、はぁ……んっ」
僕がガムラさんとの濃厚なキスによって惚けている内に、ガムラさんは自分の隊服をはだけさせながら僕のショートパンツをずらす。
そこには緩く立ち上がった僕自身がふるふると震えている。そんな僕の様子を見て、ガムラさんは僕をうつ伏せにして、後孔に指を這わせてきた。以前の夜とは違い、指に滑りのある液体を纏っており、クチュリと音を立てて僕の中に入ってくる。何かオイルのようなものを纏っているようだ。
二日前に拓かれたそこは快感を覚えているようで、何度か抜き差しされ、中を押し広げられると、徐々に違和感がなくなり、快感が生まれてくる。
「あっ、ああっ!っんあっ!」
指が増やされて、中の痼を突かれる度に身体中に電気が流れるような衝撃を受け、無意識のうちに腰を動かしてしまう。
「ヒビキはここが好きだな」
ガムラさんはそこを執拗に攻め立ててきて、いつの間にか僕の後孔は三本の指を飲み込んでいた。抜き差しされる度に、ぐちゅぬちゃと卑猥な水音がする。
「ああ、あ、んっ!!」
僕の前もすっかり勃ち上がっていて、先走りでシーツを汚している。ガムラさんは僕の腰を持ち上げて、僕を四つん這いにした。
「挿れるぞ」
ガムラさんはそう宣言して、僕の穴に自身をあてがった。そして、ゆっくりと押し進めて来る。それは前回よりもスムーズに入ってくる。圧迫感はあるものの、痛みはなかった。
「ん……あぁ、は」
「全部入った」
ガムラさんはそう言いながら僕のお腹を撫でる。その仕草からガムラさんの喜びが伝わってきて、僕の心にも歓喜が満ち溢れた。ガムラさんはそう言うと、腰を動かし始めた。
「あ、はぁっ!んっ……ふっ、あっ、あっ、んっ」
初めはゆっくりだった動きがだんだん早くなり、それに比例して僕の喘ぎ声も大きくなっていく。ガムラさんの剛直が一番感じる場所を激しく攻め立てると同時に、前も同時に弄られてしまえば我慢できるはずがない。
「ひゃ、ああっ!そ、こ、あっ、あっ!」
「ヒビキは俺のものだ」
耳元で囁かれた声にすら感じてしまうほど敏感になっている僕の耳に舌を差し込まれれば、絶頂を迎えるのは時間の問題だ。
「ひゃっ!耳、やめっ!っあぁっ!っ!!」
ビクビクと痙攣しながら達してしまった僕は、そのまま布団の上に倒れ込んだ。
「まだ終わりじゃないからな」
「えっ……?あ、ちょっ、待ってくだ……ひゃっ!あうっ!」
今度は仰向けにされた状態で挿入されてしまった。先程とは違う角度から責められ、直ぐに絶頂を迎えてしまう。しかし、確かに絶頂を迎えたものの、僕のものからは何も出ておらず、立ち上がったままびくりと震えただけだった。ガムラさんはその様子を見て、唸りながら猛然と腰を突き入れてくる。
「あっ、だめっ!またっああっ!っ!!!」
ガムラさんはまだ一度も射精していない。それどころか、大きさが増している気がするのだ。
「あ、んんっ、ガムラさ、お願いします……あ、僕、もう……」
これ以上は壊れてしまうかもしれないという恐怖を感じながら、僕はガムラさんに縋る。
「っ!……すまない、もう少し奥に入る」
けれど、ガムラさんはそう言うと、僕の両足を肩にかけ、更に奥深くまで入ってきた。
「ひゃっ、深っ!んっ……!あっあっやぁっ!」
「くっ……」
ガムラさんは小さく喘いだ後、熱い飛沫を僕の中に注ぎ込んできた。その熱さに身体中が歓喜して、僕自身も精液を放つ。
「あっ……んぅ……」
ガムラさんの射精は長く、沢山出てくる精液でお腹の奥がじんわりと暖かくなり、満たされていく。
「はぁ……はぁ……」
ガムラさんは、僕の中から引き抜かないまま、僕の頭を優しく撫でてくれた。
「俺は、何があろうとヒビキを守る。ウルフワムの魂に誓って」
ガムラさんの言った言葉は、ウルフワムでプロポーズの言葉として使われるフレーズだと聞いたことがある。僕は僕の全てを受け入れてくれようとするガムラさんの気持ちに涙が出そうになる。
「……だから、ヒビキも俺を信じて側にいてくれ」
そう言って、ガムラさんは僕の唇を塞いできた。ガムラさんの気持ちは分からないものの、その唇を拒むことは出来なかった。
旅館で抱き合った後、宴会場へ戻ることなく、タクシーを呼んで、ガムラさんのマンションに戻った。そして、なぜか宴会で着た狼の衣装を再び着せされてまた抱き合った。
ガムラさんが不快になるくらいなら脱ぎたいと思ったのだが、脱ごうとした瞬間、ガムラさんが尻尾を少しだけ垂らしたので、何か悲しませてしまったかと思い、慌てて着直した。何度か抱き合う内にお互い裸になってしまったけれど。
そして、僕はいつの間にか疲れて眠ってしまったようで、ガムラさんが誰かと話している声がして、夜更けに目を覚ました。目を覚ますと、身体がさっぱりしており、ガムラさんが清めてくれたのだと分かる。ガムラさんはリビングで電話をしているようだ。寝室のドアが少し開いており、声が聞こえてくる。
「ああ。明日の警備図は既に作成して保存してある。……いや、俺の部屋のデータボックスに保存しているが、警備関連のデータは俺の虹彩がセキュリティキーだ。俺がいないと開くことすらできない。明日、お前に渡すから、少しくらい待て。この前はお前が電話をしてきたから、ヒビキを置いていかなければならなかったんだぞ」
そこまで聞いて、僕ははっとする。今ガムラさんが話していたのは、アカツキが欲していた警備データの在処とそのデータの鍵についてだろう。思いがけず知ってしまったトップシークレット事項に僕は目が覚める。
「ああ。じゃあな」
どうやら会話が終わったらしく、ガムラさんがこちらへ歩いてくる足音が聞こえる。
「起きたのか」
「……は、はい」
「まだ寝ていろ」
そう言うと、ガムラさんは僕の隣に入り込み、抱きしめてきた。僕はその熱を忘れないように彼の背中に抱きついた。
*
翌朝、目が覚めると、ガムラさんは甲斐甲斐しく僕を世話してくれた。一緒にお風呂に入り、汗や体液を流してくれたが、僕の奥に注がれた精液を掻き出してくれることはなかった。
「腹を下すことはないから」
そう言っていたが、本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。そう思いつつも、ガムラさんが忙しげに耳を動かすので、あまり深く聞かないで欲しいのかもしれないと思い、詳しく聞くことはやめた。
慰安会の翌日は、慰安会に参加した人だけ午後からの出勤で良いことになっている。けれど、ガムラさんは朝から出勤しなければいけないようだ。なので、僕も一旦社宅へ帰ることにした。ガムラさんは、「俺が戻るまでこの部屋にいてくれて構わない」と言ってくれたが、流石にそれは申し訳ない。ガムラさんの服を借りて、帰ることにした。ガムラさんの服を着た僕を見て、大きく尻尾を振ったのはどうしてだろう。
最後に見たガムラさんの様子を考えながら、最寄りの地下鉄の駅に向かって歩いていると、ビルの物陰から聞き馴染みのある声が聞こえた。
「よお。ヒビキ」
「……アカツキ?」
そこにいたのは少しだけ窶れたアカツキだった。
「元気か?何も言わずに休みをとって悪かったな」
「う、ううん」
瞳を鈍く光らせながら、僕の手を掴み、ビルの物陰に誘う。アカツキに手を掴まれた時、ひやりとした何かを感じて鳥肌が立つ。ガムラさんに触れた時はあんなにあたたかかったのに。
「そういえば、この時期は慰安会だな。あの旅館に行ったんだろ。それでヴィッセルと帰ってきたのか。その様子だと二人で楽しんでたみたいだな」
「えっ?あ、ええと……」
いきなり再開したアカツキを目の前にして何を言えばいいのか分からなくなり戸惑う。
「まあ、いい。それより、ちょっとこっち来い」
「ちょっ……」
僕はアカツキに腕を引っ張られ、ビルの物陰の脇に止めてあった黒いボックスカーに詰め込まれる。後ろのシートに閉じ込められてしまい、出るには目の前のアカツキを退ける必要がある。
「それでお前に頼んだ仕事はどうなってる」
「……」
「おい、黙ってたら分からねえだろ。あそこはヴィッセルのマンションだな。ヴィッセルの持ってる軍事データはどこにあるか分かったか。これが片付いたら、一緒に暮らそう。お前の家族になってやるよ」
その口ぶりを聞いて、アカツキはこんな独善的な男だっただろうかと思う。僕は少し前まで、アカツキしか話す人がいなかったので感覚が麻痺していたのだ。
それに、僕のことを本当に思ってくれるなら、こんな条件をつけて僕に何かを強要なんてしない。ガムラさんと一緒にいて、やっと気づくことができた。僕は湧き上がる思いと一緒にアカツキに対して拒絶の言葉を吐く。
「僕はアカツキに協力できない!もう僕に関わらないで欲しい……」
僕はこれまで、自分から他人を遠ざけることは出来なかった。自分がそんな価値のある人間だと思えなかったからだ。けれど、ガムラさんと出会って、僕は変わりつつある。僕を支えようとしてくれる人がいることを知ることができたから。
「……ふざけるんじゃねぇぞ。親なしに優しくしてやったのは俺だけだろ。その恩を忘れたのかよ」
アカツキは口元に浮かべていた笑みを消して、冷たい光を宿した瞳で見つめて来た。その瞳にはこれまで浮かんでいた偽りの情は消えて無くなり、道具を見るような無機質さだけがあった。
「もういい。じゃあ、お前は終わりだ。狼獣人側についた人間には反吐が出る。ここじゃ騒ぎになるから、俺達の拠点まで気を失っていてくれ」
「っ!」
僕は後ろのシートにいた人物に気づかないまま、首筋に衝撃を受けて意識を失った。そして目を覚ました時、僕の目に映ったのは薄暗い倉庫のような場所だった。僕は手を後ろで拘束されてコンクリートのような硬い地面に寝かされているようだ。意識はあるのに、身体は動かせない。何か薬物のようなものを使われたのかもしれない。そうしてぼんやりとした意識のまま横たわっていると、どこかから話し合う声が聞こえた。壁を一枚隔てたようにくぐもっているので、おそらく隣の部屋から聞こえるのだろう。
「……〜っだから、洗脳はしてたし、途中までは上手くいってたんだよ。お前が作った映像をいくつ見せたと思ってる」
アカツキの声が聞こえる。何かに焦っているようだ。そして、そんなアカツキを揶揄う声が聞こえる。
「あれを何度も見せたの?お前も酷いことするねー。……まあ、洗脳って心のどこかが空っぽじゃないと染み込んでいかないから、その部分が満たされたら解けることもあり得るよ」
「でも、あんなに早く解けると思わなかった」
「……ふうん。抜かりないお前がね」
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
アカツキと誰かが剣呑な雰囲気になり、それを諌める声が聞こえる。
「おいおい。内輪で揉めるな。今、うちで揉め事を起こしたくない。あの子は、ここに連れて来た時点で殺すしかない」
「ああ」
結論が出たようで、複数名がこちらへ向かってくる足音が聞こえる。徐々に薬物が抜けてきて、手足を動かせるようになり、僕は何とか逃げられないかと拘束を解こうとするが全く動かない。すると、目の前の壁が開いた。入ってきたのはアカツキだ。
「……起きてたのか」
「……アカツキ、何するつもり?」
アカツキは僕を冷めた目で見ている。自分が何か無機物になってしまったように感じて。僕は覚悟を決めて聞いた。
「ははっ。そんな顔すんなよ」
アカツキは笑顔を浮かべているものの目は笑っていない。
「これから、お前を殺す。俺が殺してやる」
「っ……!」
「っぐぁっ、なんだ?!」
アカツキはそれだけ言うとナイフを振り上げた。僕は目を瞑り歯を食いしばったが、いつまで経っても痛みを感じることはなかった。代わりに聞こえたのはアカツキの悲鳴だ。恐る恐る目を開けると、そこにはガムラさんがいた。ガムラさんはアカツキの手首を掴み、もう片方の手でナイフを持っていた手を押さえつけていた。
「離せ!!」
「ガ、ガムラさんっ…!」
アカツキは必死に抵抗するが、ガムラさんの力が強いのか全く振りほどけず、そのまま床に押し倒される。ガムラさんはアカツキの腹の上に馬乗りになると、胸ぐらを押さえて一際大きい声で吼えた。
「人質は保護したっ!総員、攻撃開始っ!殲滅しろ!」
その合図と共に銃を持った狼獣人の集団が突入してくる。彼らは共同防衛省の精鋭達で、一瞬でアカツキを取り押さえた。隣の部屋に逃げ込んだ仲間達も同様に取り押さえられていた。
「ヴィッセルっ!!……この野郎!退けっ!」
アカツキは舌打ちをしながら悪態をつく。僕はその様子を呆然と眺めることしか出来なかった。あっという間にアカツキ達は取り押さえられ、ガムラさんは僕の手首のロープを切ってくれた。
「ヒビキっ!てめぇ、裏切ったな!」
アカツキが狼獣人に連行されていく時、僕を見て必死の形相で叫ぶ。たとえ偽りであっても僕に優しくしてくれたアカツキに罵られて、胸が痛んだ。
「……お前だけは絶対に許さないからな!お前は俺のものだ!」
「っ……!」
「聞くな」
最後の断末魔が響いた時、ガムラさんは咄嗟に僕の耳を塞いでくれた。僕のことを守ろうとしてくれる手のあたたかさを感じる。そして、アカツキは連行されていった。色々なことが起こり、呆然としている僕にガムラさんは説明をしてくれる。僕達がいる場所は、ウルフワム打倒連合軍の拠点だったようだ。ウルフワム打倒連合軍にとってはトップシークレットであるはずなのに、なぜこんなにも早く辿り着けたのか聞くと、言い淀んでしまった。そして、その問いに答えないまま、ガムラさんは僕を手当すると言って、ガムラさんのマンションまでやって来た。マンションについてから、手首を消毒されて、包帯を巻かれてから、ガムラさんは僕をずっと抱きしめている。
「大丈夫か?」
ガムラさんは心配そうに声をかけてくれた。
「……ガムラさんはどうしてあの場所に?」
先ほど聞けなかった答えを再度聞くと、ガムラさんは苦笑いしながら答えてくれる。
「……君につけていた監視役から、タマルが君を連れ去ったという情報が入った」
「監視役、ですか」
「ああ、すまない」
思いもよらない言葉を聞いて、驚く。ガムラさんは忙しなくしっぽを動かしている。
「君に気付かれないように監視役をつけていた。……君はタマルと仲が良かったから」
そして、ガムラさんは僕が知らなかった事実を教えてくれた。
「元々、タマルは素行が怪しかった。だから、幹部陣でマークをしていたんだ。奴の足取りはなかなか掴めなかったが、ウルフワム打倒連合会のリーダーと何らかの連絡を取り合っていることだけは分かった」
「そうなんですね……」
「初めてヒビキが俺の部屋に来た時も、タマルから言われて俺を騙そうとしているのかもしれないと思った。たが、そこでヒビキを突き放すことは出来なかった」
「え……」
ガムラさんの口から語られる事実に僕は固まってしまう。そうであるならば、僕の悪行は最初から全てガムラさんに知られていたことになる。それにも関わらず、ガムラさんは僕を受け入れてくれていたのだ。
「俺はずっとヒビキのことが気になっていた。休憩室で初めて話した時からだ。どこか寂しげに笑うヒビキを俺の手で幸せにしたいと思って、タマルと付き合い始めたという噂を聞いても諦められなかった。そんな相手が縋り付いてきたんだ。手を振り払えるわけがないだろう」
ガムラさんは僕の手首の包帯を巻き終わり、僕の両手をしっかりと握りしめて、僕の目を見ながら伝えてくれる。
「全てが終わったら言いたいと思っていた。ヒビキ、私のパートナーになってくれないか。私の家族になって欲しい」
「っ……!」
「お前の欠損が、家族の不在で出来たものであるなら、俺はそれを埋めたい。ヒビキに寂しい思いをさせることは絶対にないと誓う。俺が一生そばにいる。愛しているんだ」
僕はその言葉を聞いて、ずっと欠けていた部分が優しく暖かなもので、ぴったりと埋まったような気がした。その衝撃で、僕の目からは大粒の涙が溢れる。
「……っはい。ガムラさん、僕も貴方を愛しています」
僕の返事を聞いた瞬間、ガムラさんから抱きしめられた。あたたかな胸の中で僕はこれまでにない幸せを感じ、涙を止めることはできなかった。
そして、僕達はパートナーになった。この前プレゼントされた黒い首輪には、二人のイニシャルが入った銀製のプレートが加わり、僕はガムラさんの優しさに包まれながら、家族の幸せを少しずつ感じていった。
そして、パートナー届を出す頃には、既にガムラさんの子が僕のお腹に宿っていることが判明した。時期的に慰安会の時に着床したのだろうと医師から言われて、それを知ったドルーガ副指揮官から、ガムラさんが詰められていた。しょんぼりしているガムラさんを庇うために、ドルーガ指揮官に対して、「ソファのサイズはもう少し大きめがいいと思います」と言ったら、訳がわからない顔をされてしまった。
ガムラさんが気まずげな顔をしていた理由は今でも分からない。けれど、笑い声の絶えない家で、今はただ新しい家族が増えることを心待ちにしている。
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